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183号 水路 | 海図ネットショップ | 日本水路協会

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(1)

1

-海

図 消えた?ドラフトマン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 内城 勝利 2

究 海洋ごみ問題の概要とモニタリングの必要性・・・・・・・・・ 三枝 隼 9

顧 伝説の「孫七船長」まつわり話《5》・・・・・・・・・・・・・・・ 中陣 隆夫 17

然 プランクトンが語る海の環境と生態系《3》・・・・・・・・・・・ 谷口 旭 24

史 中国の地図を作ったひとびと《4》・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今村 遼平 30

コ ラ ム 健康百話(60)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 加行

尚 36

海洋情報部コーナー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 海洋情報部 39

平成 29 年度 1級・2級水路測量技術検定試験合格者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51 平成 29 年度 水路測量技術検定試験問題 沿岸2級1次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53 協会だより・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58 編集後記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 59 海底地形デジタルデータ更新情報のおしらせ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60

表紙:削り絵「清水港」・・・ 稲葉 幹雄

静岡県の著名な大港湾を三保の松原近くの日本平から港とその背後の富士山を含めて風景画にまとめました。

オーシャンエンジニアリング 株式会社・・・ 表2

株式会社 離合社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61 古野電気 株式会社・・・・・・・・・・・・・・ 62 株式会社 武揚堂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63 株式会社 鶴見精機・・・・・・・・・・・・・・ 64 海洋先端技術研究所・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 65 株式会社 東陽テクニカ・・・・・・・・・ 表4 一般財団法人 日本水路協会・・・・・・・・・・・・・ 表3・66・67・68

第183号

平成29年10月

QUARTERLY JOURNAL :THE SUIRO

掲載広告

お知らせ

削り絵とは?

(2)

- 2 -

1 スクライブベース

季刊「水路」の表紙を飾っている稲葉幹雄 氏の「削り絵」について、「海図製図材料『ス クライブベース(着色)』の切り落としに刃先 で画線を削る作者オリジナル技法よるもので す。」と説明があります。

このスクライブベースが海図作製材料であ ったことを知る人も少なくなったようで、「ス クライブベースって何?」という質問が出る ようになりました。

CAD(Computer Aided Design/Drawing) の登場によりスクライブ製図法が海図作製に 使われなくなってから(というよりも製図そ のものが無くなってから)四半世紀が経過し てしまいましたので、そのような質問が出て も不思議ではありません。

スクライブ製図法について知っている人が いる内に当誌に寄稿してもらえないかと依頼 を受けた時は「遂に私も過去の古い歴史を知 っている人達の仲間に入れてもらえるように なったのだろうか?」と少し複雑な気持ちに なりましたが、この機会を利用して海図作製 に使われた製図法と製図者について書かせて いただくことにしました。

最近、「1 0 年~2 0 年後の日本では自動化に よって今従事している仕事の四割以上がなく なってしまう」ということを見聞きしますが、 当に製図という仕事は 2 0 数年前に自動化に よってなくなってしまった先例といえます。 また、私が製図業務に従事していた頃に同 期から「今、得意になってやっている④前の

製図技⑤もやがてはコンピュータに取って代 わられる時代がやってくる。」と言われたこと がありましたが、それから2 0 年後には現実に なってしまいました。

表題の「消えた?ドラフトマン(製図者)」 は、寄稿する機会に国際水路機関の刊行物 HYDROGRAPHIC DICTIONARY(IHO S32) 第5版(1 9 9 4 年)には記載されていた項目「製図 者」:「draftsman(or draughtsman). A person who makes drawing.」を確認しようとしたとこ ろ、S32 はダウンロード PDF 版からオンラ インバージョンに《わっていて》索できなか ったので、「海図作製工程の最終段階で印刷原 稿仕上げに長い間携わってきた製図者も、遂 にその役目を果たし終えて水路辞典からも消 えてしまったのか?」と勝手に納得してしま ったのですが、実は”draftman“だと長い間 思い込んでいたスXルが”draftsman”である ことに気Yいたことからタイトルにしました。

「印刷物ではdの項目のXージを見れば簡 単に見つけることができたのに、デジタル版 では完全一致しなければ見つけることができ ないのは使い難い」と不満を言いたいところ ですが、アーカイブを大切にする諸外国が加 盟しているIHOのウェブで、項目が古くなっ たからといって簡単に削除されるはずがない のですから、最初から自分の間違いに疑問を 持つべきでした。

※「drawing : The graphic representation of data on a non-volatile medium.」(S32)

消えた?ドラフトマン(製図者)

‐海図作製に使われた製図法と製図者‐

(3)

- 3 - ともあれ、海図作製の世界から製図者が消 えてしまったことは現実です。

製図者として全盛期の海図作製に係わるこ とができた私は、その終焉も見ることにもな りましたが、意外にも抵抗なく率直に現実を 受け入れることができました。これは製図者 であったと同時に地図編集者でもあったから だと思います。

※「Cartographer:Person employed in drawing and constructing CHARTS or MAP.」(S32)

ここでは寄稿のきっかけとなったスクライ ブ製図法についてまず書き、次にCADによる 製図法、最後に着墨製図法について書きます。

2 スクライブ製図法

私が海図作製業務に従事していたのは昭和 4 9 年(1 9 7 4 年)から平成1 7 年(2 0 0 5 年)の海 上保安庁勤務3 1 年間の内2 0 年間です。その内 製図者として従事していたのは 1 9 7 4 年から 1 9 7 8 年までの4年間で、未だ製図者が海図作 製に重要な役割を担っていた時代でした。

海図作製にスクライブ製図法が採用された のは昭和5 7 年(1 9 8 2 年)度からと「スクライ ブ製図法の採用に伴う海図表現の簡略化に関 する考察」(稲野辺恒美氏:元水路部海図課) にあります。

この年に私は製図担当から異動になり5年 後に自動図化対応の準備のために再び海図作 製業務に復帰することになりますので、残念 ながら私自身はスクライバーを使用した製図 に従事した実績はありません。

スクライブ製図法が海上保安庁の製図作業 に採用されていた期間は、手描きによる着墨 製図法からデジタル製図法に移行する過渡期 のわずか1 0 年ほどで、それも着墨製図法との 併用で行われていました。

スクライブ製図法を海図作製に採用した背 景には、熟練した製図者の減少と将来的に移 行しなければならない海図作製の自動化への 対応がありました。

スクライブ製図法では、透明なフィルムに 遮光性の塗料を塗布したスクライブベース上 に焼き付けされた編集図の線を、針をセット したスクライバー(図1左)で削描(スクラ イブ)してネガ原稿を作ります。

編集図とは、編集者が海図に必要な情報を 決められた様式(編集要領)に基Yいてマイ ラーベース(ポリエステルフィルム)上に製 図者が製図するうえで分かりやすいようにカ ラーインクで色分けして描画した図です。

編集図を裏返しの状態にしてスクライブベ ース上にコピーを単色で焼き付けします。

スクライブベースを削描する時には、スク ライブベースに焼き付けられた線からスクラ イバーの針が逸脱しないように注意すること、 削る時の力の加減を一定に保つことが求めら れますが、これができれば初心者でも綺麗に 削ることができます。

綺麗に削るとは、スクライブ終了後にネガ からポジに転写された時の線が滑らかに濃淡 の無いように表現されるようにスクライブす ることです。

スクライバーに装着する針は海図図式に定 められた線種に応じて線幅が出せるように研 ぐ必要がありますが、初心者は熟練者が用意 してくれたものを使います。

スクライブ製図法の利点は、着墨製図法に 比べて製図者が短期間で技⑤を習得できるこ とにあります。

スクライブする線分が長くかつ多いほど作

(4)

- 4 - 業効率はよくなるのですが、昭和5 7 年まで海 図作製にスクライブ製図法が採用されなかっ た理由として、海図にはこの利点を活かす線 の種類が少なかったことがありました。

そのためスクライブ法の採用に合わせて点 列や破線で描かれていた等深線(図1右)を 全て同じ太さ(0.1mm)の線分で表現する海図 図式の《更が行われました。

スクライブ製図法によって海図ができるま での簡単なフローは以下のと④りです。

①輪郭図は自動図化(スクライブプロッタ) で作製します。

②編集担当で作製した編集図をスクライ ブベースの表面に反転焼き付けします。 ③製図者は反転焼き付けされた編集図の中

からスクライブ対象の線分を削描します。 华輪郭図と製図者が削描したスクライブベ

ースネガからポジフィルムを作製します。 协ポジフィルム上に、スクライブではでき

なかった作業を着墨製図法で補足し、最 後に透明フィルム上に印字された写真 植字を削刀(図2右)でカットして貼り 付けていきます。

写真植字は裏面に接着剤を塗布したフィル ム上に水深、記号、文字などが印刷されたも ので、水深・記号などは既成のシートを使用 しますが、文字は製図者が担当する海図ごと に字体や大きさ(級数)、文字間隔を指定して

写植担当部門に依頼して作ってもらいます。 製図部門で作製するのは墨版とマゼンタ版 (コンパス、航路、港区界など)のフィルム 原図です。

⑥この製図原図を製版部門に送り、墨版、 マゼンタ版及び地色版と水色版のフィ ルム原版が作製されます。

⑦上記4版のフィルム原版をアルミ製の感光 性のあるプレート(PS 版:Presensitized Plate)に焼き付けてそれぞれの刷版を作 ります。

⑧上記の刷版をオフセット印刷機にかけて 海図を印刷します。

3 CADによる製図法

海上保安庁に④ける電子海図システムによ る海図作製については「二十年で海図百年の 歴史は《わるのか卷2卸」(季刊水路 1 6 1 号: 上田秀敏氏)に詳細があります。

昭和 6 0 年代前半にコンピュータとプロッ タを使用した第1号海図が刊行され、平成7 年には電子海図システムを利用して海図が刊 行されましたが、初期の頃は完全自動化には 未だ道遠しという状況であったことが記され ています。自動図化対応の初期に係わった者 として振り返ってみると、この時代の自動化 に作業効率の観点から貢献があったのは、輪 郭図作製とロラン曲線やデッカ曲線の描画だ ったと思います。

輪郭図を描画する(特に漸長図)製図者に は、熟練した技⑤が求められますので、スク ライブプロッタの導入によって誰でも熟練者 のように輪郭図を作製することができたこと は画期的でした。

私が製図者だった時代には、正確な輪郭図 を作るために最初に行う作業は、ドイツ製の 厏厐プロッタにアルミケント紙を固定して計 算した座標値をプロットすることでした。

一人が座標値を読み一人が二つのハンドル (縦横二方向)を手回しして足でXダルを踏

(5)

- 5 - んで座標値(直径約 0.1mm の点)をプロット します。全紙の漸長図ではこの作業を 1 ,8 0 0 回程繰り返しますので一日がかりの仕事でし た。

製図者はこの座標点が打ち込まれたアルミ ケント紙に4Hの平鉛筆(芯の先端を平らに 削ったもの)で点の中心を外さないように(線 を引く前に点突針(図2左)を軽く鉄定規に 沿わせてカチッと音がするのを確かめます) 線を引いて、着墨製図で行うトレースの準備 をします。

鉛筆線を引き終えたアルミケント紙にマイ ラーベースを載せて、この上に墨でトレース (長い線は烏口、小割は丸Xン)して輪郭図 を作ります。

輪郭図作製に手作業では数日を必要として いたのが自動化の導入により数時間でできた ことは画期的でした。

また、ロラン海図やデッカ海図の双曲線を 描く(引く)作業は製図初心者が担当する作 業でしたが、それでも線1本ごとに「ひげ定 規/曲線定規」(現存していません:木製で高 さ約5mm、長さは長いもので約1 2 0cm、厚さが 先端部は2~3mm と細く後端部分は7~8 mm で双曲線を引くために適した形状)の上辺 に「舟形文鎮」(図3)の先端の金具を載せて 固定し(多い場合は 10 個ほど)、その曲面を 使って烏口で線を引いていたのですが、自動 化ではコンピュータで計算されたと④りにプ ロッタ上に描画されたので、画期的に時間短 縮ができました(デッカ海図もロラン海図も 既に廃版になっています)。

手作業の製図で舟形文鎮とひげ定規で作る 曲線の元になるのが大型計算機で計算した座 標値で、これを輪郭図作製の場合と同様に厏 厐プロッタでアルミケント紙に赤、緑、紫の 各色版ごとに点列をプロットするのですが、 これがまた時間を要する作業でした。

現在、海図編集に使用されているCADシ ステムでは製図(Drawing)で行っていた作業

の全てをコンピュータで代行することが可能 になっていますから製図者を必要とすること はありませんが、自動化初期の頃には図式ど ④りに描けないものがかなり残っていました ので製図者が補っていました。

4 着墨製図法

長い間行われてきた着墨製図では編集者が 作製した編集図上にプラスチックフィルム (マイラー500#)にトレースした輪郭図を位 置がズレないように重ねて固定し、編集図に 描かれている内容を海図図式ど④りに正確か つ綺麗に、丸Xン(図4左)や烏口(図4右) で描写する作業が行われていました。

前項でも触れましたが、輪郭図を描くのは かなり集中力を必要とするのですが、特に漸

(6)

- 6 - 長図では2mm 幅の間に3本の平行線(更に外 側にメートル尺と黒枠用の線2本があるので 計5本)を縦横2ヶ所ずつ計4か所に引かな ければなりません。大きさ全紙の海図では長 手が9 6cm、短手が6 7cm ほどですが、1本ずつ 息を止めて一気に引きます。

線幅が同じでない、5本の線が平行でない などが失敗の例になりますが、1 9 本まで綺麗 に引けても最後の 2 0 本目を引き終えるまで は安心できませんでしたので、この最後の線 を引く時が一番緊張したように思います。

当時、たまたま測量課の先輩が製図室を訪 ねて来て、午前中の作業で長手の5本を引き 終えて一息いれていた私に「内城君は午前中 の仕事は5本の線を引いて④終いか、製図作 業は楽なものだね。」と冷やかされたことがあ りました。

プラスチックフィルムが登場する前は映臨 紙が使われていたそうです。図板に映臨紙を 貼り付け、霧吹きで水を吹きかけた後に乾か して表面に均一な張力がかかった状態を保っ て墨で描画したと先輩から聞きました。

先端を鋭利に研いだ烏口では直線を引く時 に映臨紙がその線のと④りに切れてしまうこ とがあったとも聞きました。

古い海図などでは輪郭図が少し歪んで正し い矩形になっていないものがありましたが、 厏厐プロッタの無い時代に輪郭線の四隅に直 角な線を引くことは簡単ではなかったことが 推測できます。目盛尺を使って長杆儀(ビー ムコンパス)で二方向の長さを測って直角を 作ったとしても、気温や湿度に大きく影響さ れる映臨紙上で製図作業が終了するまでその 状況を保つことは難しかったと思います。

写植がない時代には文字も手書きだったで しょうから、道具や材料に恵まれていなかっ た時代に技⑤力と根気で製図をしてきた先人 たちには頭が下がります。

手作業では、全紙海図1枚の製図作業に二 月程度を要していましたので、この間はフィ ルムを汚さないことに注意して丁寧に作業し なければなりませんでした。

特に描画が終わった箇所は汚れ易かったの で、描画済みの箇所に触れないように原稿の 上段から着手して下段に移っていくことが製 図作業の原則で、そのために製図机の手元側 にはフィルムを落とし込むスリットが設けら れていました。

また製図作業中の箇所以外の部分を汚れか ら防ぐために(手の平や指からの脂は墨の大 敵で製図前には鹿革で丁寧に脂分を拭き取り ます)大きさ約 1.2m 四方の白いラシャ生地を 二つ又は四つ折りにして覆ってその上に腕を 載せて製図作業を行い、一日の作業を終えた ら所定の製図棚に格納して帰りました。

それでも空調設備がなかった時代の夏場に は腕からの汗がラシャ生地を透過して製図原 稿の墨を滲ませることがありました。

自分で使う製図道具を作ることも製図者の 仕事でしたが、これが上手でないと製図原稿 を綺麗に仕上げることはできませんでした。 新人の製図者は、先ず先輩から道具作りを 教わります。製図用の墨は測量担当者が作製 する測量原図などには市販のドローイングゾ ルがそのまま使われていましたが、製図作業 ではフィルム上に濃淡なくかつ原版を作るま でに乾いて剥れ落ちないような濃度が維持で きるように墨を硯で磨って墨壺(図2中央左) に入れて乾燥を防ぐため一円玉を蓋にしてい ました。

丸Xンでは用途に応じたXン作りができれ ば、まず製図者として合格です。

丸Xンは 3 0 本ほどが一箱に入っていまし たが、そのままでは製図作業に使うことはで きないので、描画項目に適した線の太が出せ るようにXン先をオイルストーン(図2中央) で研いで作ります。

(7)

- 7 - の時に反対側の内側が削れないように指で少 し広げた状態で研ぎます。次に砥石に垂直に 立てた状態でXン先を平らに砥ぎますが、こ の時にもXン先の内側が削れないように、あ まり力を加えず優しくゆっくり行います。

Xン先がほぼ目的の幅になったら、両サイ ドと手前側のひっかかりを無くすために少し 角を落とします。この角を落とす決め手の作 業というのが理に適っているかは別にして、 オイルストーンの上に丸Xンを垂直に立てて 親指と人差し指で円を作り、Xン軸の上端を 入れてひと回転させるという手法でした。初 心者だった頃には原理が理解できても思い通 りのXンを作ることはかなり難しい作業でし た。

下記の種類の線が描画できるように 1 0 本 程度のXンを用意しました。

干出線 0.08mm~0.10mm 輪郭線小割 0.10mm~0.12mm 道路・建物 0.12mm~0.15mm 海岸線 0.18mm~0.20mm 塗り潰し用 0.25mm~0.30mm

丸Xンは主にフリーハンドで描画する用途 で使われましたが、長さ15cm 程度までは直線 を引くことにも使いました。この時に使った 三角定規は木製で定規の一辺には竹が張り付 けてありました(図5)。三角定規の厚みを利 用して丸Xンをくねらせ緩やかな曲線を引く ことも可能でした。

長い一定幅の線を引く烏口には直線用と曲 線用の二種類があり、刃先には鋼が使用され ていたものとコバルトが使用されていたもの がありました。高級なコバルト烏口を研ぐた めの専用のハンド砥石(現存していません) を使うのは熟練製図者の役目でした。

曲線用の烏口には単曲と双曲があり、単曲 は等高線などを引くために使用され、双曲は 道路などの平行曲線を引くために使用されま した。コバルトの単曲や双曲が使われる頻度 はそれほど高くはありませんでしたので、複

数の製図者で共用していました。

5 編集者と製図者

製図担当に配属された若手は、数年の製図 経験を経てから編集担当に異動するのが一般 的でしたが、製図の適性があると認められた 場合にはその後も製図を担当していましたの で、製図者には自分には製図の適性があると いう誇りがありましたし、編集者には単調な 製図作業から解放されて漸く海図の編集作業 を任される立場になれたという自負があった ように思います。

編集者も製図者も誇りを持って仕事をして いた時代でした。

編集者は海図編集要件票に記載された趣旨 と要点を理解して編集適用基準に基Yいて作 業するだけではなく、縮尺に応じて簡略化す る総描の知識をフル活用して編集図を作りま す。

校正を受けた編集図は製図部門に渡され、 製図担当者は編集図に記載されている内容を 製図要領に基Yいて描写し、綺麗な完成度の 高い製図原稿の作製に仕上げる努力をします。 同じ海図を作製する上で編集者と製図者の趣 旨と要点の解釈が一致していても、時々編集 者と製図者の間で軋轢が生じることがありま した。

(8)

- 8 - 製図の熟練者はどんな編集図を担当しても 完成度の高い製図原稿に仕上げることができ ましたが、当時の私のような編集経験の少な い製図者は、なるべく編集のことを考えなく ても製図作業が捗る熟練者の編集図を担当し たいと思ったものです。自分が担当する図の 編集者が誰かで製図作業のモチベーションが 大きく左右されたことは、今思うと未熟な製 図者の典型だったと恥ずかしい限りです。

編集者は編集図ど④りに製図者が作業でき ることを目指して図を作っていましたが、製 図者を満足させることは難しかったように思 います。

海図作製工程の流れは、編集から製図への 一方通行ですから、クレームは製図者から編 集者への逆の流れになります。

編集者は製図担当からのクレームが出ない ような仕事をするために緊張を強いられる少 し損な立場だったと思います。

偏見かもしれませんが、製図技⑤の高い製 図者はある意味職人気質で公務員には珍しい 人が多かったように思います。

編集担当者の多くは優しい人格者で製図者 のクレームを穏やかに受け入れてくれた印象 がありますが、耐える限界を超えた時には製 図者と衝突することがありました。

今振り返ると、製図者の方が結構我が儘だ ったと思います。

極端な例ですが、年度内の刊行計画から作 業が遅れているような場合に製図者は「編集 図は綺麗でなくても分かりさえすればいいか ら、早く編集図を送付して欲しい」と編集者 にプレッシャーをかけるのですが、時間に余 裕のある場合には「分かりさえすればいいと は言え、もう少し綺麗に仕上げて欲しい」と 相反することを求めることもありました。

「知識の編集者と技⑤の製図者」のプライ ドの衝突は、寛容な編集者に理があったと思 います。

私が最初に配属された測量担当の職場にも 製図技⑤の高い先輩達が④られました。

5 0 年近く前の保安学校の学生時代に先輩 達が作製した測量原図を見て「これは本当に 手で描いたものだろうか、自分たちもこのよ うに描けるだろうか」と驚いたことがありま したが、そんな図を仕上げた先輩達ですから 現場ではそれ以上のことを行っていたのは当 然のことです。

アルミケント紙に墨で書かれた箇所を修正 する時に、先端を円弧に研いだ削刀を使って 周囲と段差無く薄く滑らかな凹面に削って、 再度丸Xンで上書きをするようなことも行っ ていました。

総てが手作業の時代にはどの部署でも製図 技⑤が重宝されていました。

当時の製図担当の先輩たちは、海図作製以 外にも様々なことに挑戦して技⑤の向上に努 めていました。

その挑戦は私達後輩にも引き継がれたので すが、残念なことに私達の代で終わってしま いました。

手作業の時代には製図者個々の技⑤力の差 で製図原稿の出来栄えが左右されましたが、現 在のCADによる製図では誰が担当しても綺 麗な出来栄えに仕上がります。

スクライブ製図法を導入しようとした時代 から 3 5 年を経て漸く自動化の目的が達成さ れていることは素晴らしいことです。

注意しなければいけないことは「仕上がり が綺麗なので編集内容にも問題が無い」とい う錯覚に陥らないことです。

(9)

- 9 -

1.はじめに

現在、世界各地では様々な場所で発生した ごみが海に流れ出し、海岸に大量に漂着して いる。多くの地域では、台風や大雨などの災 害後のみならず、日常的に多くのごみが漂流・ 漂着し(環境省, 2 0 0 9 a)、様々な問題を引き 起こしている。この海洋ごみ問題は世界規模 の課題として、G 7(先進国首脳会議)などにお いても解決に向けた取組の必要性が認められ ている。我が国においては海洋ごみの被害に 対処するための法律が定められ、国や地方公 共団体、N G O などによって取組が進められて いる。さらに近年では、マイクロプラスチッ クと呼ばれる微細なプラスチック片が海岸及 び海洋の生態系に悪影響を与え、ひいては人 間の健康にも影響を及ぼす可能性があること が懸念されている。

筆者は環境省に出向して海洋ごみ問題対策 に携わった経験があり、この問題の重要性に ついて水路分野の関係者にも情報共有する為 に本稿を執筆した。マイクロプラスチックを 含む海洋ごみの概要、問題点、問題解決に向 けた取組、そして海洋ごみの現状把握の必要 性について、一読いただきたい。

2.海洋ごみの定義

(1)海洋ごみとは

海または海岸に存在しているごみは、8海 洋ごみ9又は8海ごみ9と呼ばれている。写 真(写真1)は、平成2 6 年に筆者が長崎県対馬 市に白れた百のものである。海岸には種々の 漁具、長靴、発泡スチロールなど様々なごみ

が散乱していた。また沖合にもごみが漂って いることが確認できた。なお詳細には、海洋 ごみのうち海岸に漂着しているごみは8漂着 ごみ9、海洋中に漂っているごみは8漂流ご み9、海底に堆積しているごみは8海底ごみ9 などと呼ばれる。

海のごみと聞くと船から投棄されるものや、 漁業由来のごみのみがイメージされることが 多いが、地域によっては約7割の海洋ごみが 陸上由来であり(藤枝・他, 2 0 1 0)、漂着ごみ には陸上の人々の生活や経済活動から発生し たと考えられるものも多く見られる(図1) ことから、多くのプラスチックごみが陸上で 十分管理されずに環境中に流出していること がわかる。また、世界全体でみると、主に東 アジアの国々から年間約4 8 0 ~ 1 , 2 7 0 万トン のプラスチックごみが陸上から海洋に流出し ていると推測されている(図2)(Jambeck et al., 2015,770)。

写真1 2 0 1 5 年1 1 月3日、長崎県対馬市の海岸の様子

海洋ごみ問題の概要とモニタリングの必要性

(10)

- 10 - (2)マイクロプラスチックとは

海洋環境中に存在する微細な(5㎜以下の) プラスチックごみは8マイクロプラスチック9 と呼ばれており(Author et al., 2009; GESAMP, 2015, 14)、その発生過程より、一次的マイク

ロプラスチック(primary microplastics)と 二 次 的 マ イ ク ロ プ ラ ス チ ッ ク( secondary microplastics)に分けられる(GESAMP, 2015, 18)。

一次的マイクロプラスチックとは、製造時

図1 漂着ごみ種類別ランキング(環境省漂流・漂着ゴミ国内削減方策モデル調査報告概要 P.9)

図2 陸上から海洋に流出したプラスチックゴミ発生量(2010 年推計)ランキング

(11)

- 11 -

から微細なマイクロビーズ等を指す。洗顔料 等に添加されたマイクロビーズ(写真2)は、 家庭から排出された後、下水を通ってその一 部は海に流れ出る 。

二次的マイクロプラスチックとは、大きな サイズで製造されたプラスチックが自然環境 中で小さくなったものを指す。海に流れ出た ビニール袋やペットボトルなどの大きなプラ スチックは紫外線や波の影響受けて破砕・分 解され、やがて微細なプラスチック片となり、 漂流し続ける。

3.海洋ごみの問題

(1)海洋ごみの問題

海洋ごみは、船舶航行・漁業への被害や生 態系を含めた海洋環境の悪化、海岸機能の低 下、景観への悪影響等、様々な問題を引き起 こしている(環境省, 2017a)。環境省の調査 によると、平成2 4 年度に全国で漁船保険の対 象となった事故のうち 1 0 %の約 1 , 7 0 0 件が海 洋 ご み に 起 因 し て 発 生 し て い る( 環 境 省 , 2015)。また、漂流している漁網やロープなど は、船舶の航行安全障害物として海上保安庁 の航行警報でしばしば報告されることがある (図3)。さらに海洋ごみの中には、内部に塩 酸などの危険な液体が存在している廃ポリタ ンクや、注射器などがあり、海岸付近に生活 する人々の安心・安全を脅かす存在となって いる(環境省, 2017b)。特に我が国では、対 策に毎年数十億円もの国費が投入されるほど 海洋ごみ問題は深刻で、平成 25 年には全国の 海岸におよそ 3 1 ~ 5 8 万トンのごみが存在し たと推計された(環境省, 2016a, Ⅱ-86)。

写真2 洗顔料等に添加されるマイクロビーズ。 一粒の大きさは約 0.1 ㎜

図3 水路通報・航行警報 位置図ビジュアルページ

(12)

- 12 - (2)マイクロプラスチックの問題

微細なマイクロプラスチックが食物連鎖に 取り込まれ、中に含まれている P C B や D D T 等 の化学物質が海洋環境に及ぼす影響が懸念さ れ て い る( 環 境 省 ,2016a, Ⅱ -219-233 )。 Cauwenberghe and Janssen(2014) の調査し た結果によると、カキなどの二枚貝の体内に はマイクロプラスチックが含まれており、貝 をよく食べるヨーロッパの人々の中には、年 間 1 1 , 0 0 0 個ものマイクロプラスチックを口 にしている人がいると推計されている。

このような懸念があることから、米国では 既にマイクロビーズを含む洗顔料や歯磨き粉 等について、マイクロビーズが人々の健康に 影響を与えているとの証拠はないものの、そ の製造を法律で禁止している(Library of congress, 2015)。我が国では、日本化粧品連 合会が平成 2 9 年3月にマイクロビーズの自 主規制を促す文書を発出し(衆議院, 2016)、 花王グループなどの各社がマイクロビーズを 使用しないことを表明(花王株式会社, 2017) している。

このマイクロプラスチック問題については、 2 0 1 5 年1 0 月N H K クローズアップ現代で、8海 に漂う“見えないゴミ”~マイクロプラスチ ックの脅威~9のタイトルで特集が組まれた。 当該番組では、日本近海ではマイクロプラス チックの密度が高いことや、マイクロプラス チックが海に溶けている有害物質を最大 1 0 0 万倍に濃縮すること、さらには日本人に馴染 みの深いマイワシにもマイクロプラスチック が含まれていることなどが紹介され、高いさ らに人々の注目を集めた(NHK, 2015)。

4.海洋ごみ問題への取組

(1)国際的な取組

現在では様々な国百的枠組みにおいて、海 洋ごみ問題の解決に向けた取組が行われてい る。平成2 7 年にドイツで開催されたG 7 エルマ ウ・サミット首脳宣言では、8我々は、海洋及

び沿岸の生物と生態系に直接影響し、潜在的 には人間の健康にも影響し得る海洋ごみ、特 にプラスチックごみが世界的課題を提起して いることを認識する。したがって、海洋ごみ 問題に対処し、この動きを世界的なものとす るため、より効果的で強化された取組が求め られる。9との文言が盛り込まれ(外務省, 2015)、後述の様々な取組につながっていった。 G 7 の枠組みにおいてはその後、2 0 1 6 年の G 7 伊勢志摩サミット(外務省, 2016)、G7・富山 環境大臣会合(環境省, 2016b)、G 7 茨城・つ くば科学技術大臣会合(内閣府, 2016)、2017 年にイタリアで開催された G 7 ボローニャ環 境大臣会合(環境省, 2017c)にて、各種取組 を進めていくことの重要性が各国首脳及び担 当大臣によって認識されている。

さらにG 7 の取組は、U N E P、F A O、I M O 等の国 連関係機関や、A P E C、G 2 0 等、より広域的な国 百枠組みでの議論に拡大している。2 0 1 5 年国 連サミットで採択された8持続可能な開発の ための2 0 3 0 アジェンダ9に記載された国百目 標、いわゆるS D G s の目標の一つには、82 0 2 5 年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に 陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海 洋汚染を防止し、大幅に削減する。9が盛り 込まれ、各国の取組を促進している(United Nation, 2015)。

8ダボス会議9の名前で知られる世界経済 フォーラムにおいても平成2 8 年1月に、海洋 ごみに関する報告があった。報告の中には、 2 0 5 0 年までに海洋中に存在するプラスチッ クの量が重量ベースで魚の量を超過するとい うショッキングな予測結果が盛り込まれてい た(World Economic Forum, 2016)。

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動であり、2 0 1 6 年には世界1 1 2 ヶ国で実施さ れ、約5 0 万人が参加した(Ocean Cleanup, 2017,1)。世界中で同じ手法で実施されるた め、世界の海岸のごみの種類や数を比較する ことができるとともに、海洋ごみ問題につい ての普及啓発活動として機能もある。なお、 2 0 1 6 年の結果によると、個数ベースで最も多 かった海岸のごみはタバコの吸い殻で、世界 全 体 で 1 , 8 6 3 , 8 3 8 個 回 収 さ れ た( Ocean Cleanup, 2017, 13)。

(2)我が国の海洋ごみ問題への取組

我が国では海洋ごみ問題の解決に向けて、 平成 2 1 年 7 月 1 5 日に8美しく豊かな自然を 保護するための海岸における良好な景観及び 環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推 進に関する法律 9(通称8海岸漂着物処理推 進法9)が施行・公布された。当該法律によ って、国や地方公共団体、N G O などの責務が定 められ、各主体によって取組が進められてい る。取組には大きく分けて発生抑制対策と回 収・処理対策の2つの対策が存在し、両輪で 実施する必要がある。

発生抑制とは、廃棄物対策や 3 R(Reduce, Reuse, Recycle)等の取組を進め、環境中に 流出するごみを削減することである。この取 組は、将来の海洋ごみの発生防止に貢献する ものである(環境省, 2016b)。前述のとおり、 多くのごみが陸上から海洋に流出しているこ とから、陸上における対策、例えば河川の流 域におけるごみの回収や普及啓発活動が効果 的であると考えられる。

回収・処理とは、既に海岸等の環境中に存 在している海洋ごみを清掃活動などで取り除 き、被害を抑えることを目的とした緊急的な 措置である。環境省が実施している海洋ごみ の回収・処理等に対する補助事業(グリーン ニューディール事業及び海岸漂着物等対策推 進事業)では、平成2 1 ~ 2 9 年度に約2 5 0 億円 の予算を措置(環境省ホームページより計算)

しており、平成 2 1 ~ 2 6 年度までに、合計約 1 6 万トン(環境省, 2016, Ⅱ-80,81)の海洋 ごみを回収している。海岸の状況によっては 重機が投入されることもしばしばである。な おこの取組は、環境中のプラスチックごみを 削減することのみならず、プラスチックが微 細化する前に環境中から取り除くことで、マ イクロプラスチックの発生量を抑制すること にもつながる。先に述べたI C C(International Coastal Cleanup)は、ごみの回収、調査、普 及啓発といった複数の側面を持つ取組である。 我が国では一般社団法人 J E A N(ジーン)が 1 9 9 0 年から I C C を先導しており(藤枝ら, 2007)、2 0 1 6 年には全国で 6 , 9 8 7 人が参加 した(Ocean Conservancy, 2017, 14)。ごみ を拾う活動に参加した人はごみを捨てなくな るとも言われており、当該活動は今後とも継 続的に行われてくことが重要である。

5.今後、我が国が強化するべき海洋

ごみのモニタリング

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大学等が協力して越境汚染のメカニズムを解 明する必要がある。また当該観測を定常的に 実施して、プラスチック量の変動を監視し、 必要な対策について検討するための材料を収 集する必要がある。

多くのプラスチックごみの流出元と想定さ れている中国(Jambeck, et al. 2015,770) は、海洋ごみ対策を環境政策の一つとして重 視していることが見受けられる。平成2 9 年6 月の第7回日中高級事務レベル海洋協議にお いては日中共同の海洋ごみ調査を実施するこ とが合意され、日中の関係機関及び専門家が 参加する会合が開催されるなど、海洋ごみ問 題に対する取組が進んでいる(外務省,2017)。 中国が前向きになっている今が、我が国のご みの削減に向けた施策を進める好機である。

しかしながら、海洋ごみ、特に漂流ごみ調 査は船舶を使用するため、実施できる時期や 海域が限られていることから、これまでの我 が国の調査は海洋ごみの動態を解明するには 空間的、時間的に十分ではなかった。このた め、平成2 8 年7月の海岸漂着物対策推進会議 (海岸漂着物処理推進法に基づく関係省庁の 会議)では、調査船を持っている政府機関に 対してモニタリングに係る協力要請が成され た(環境省, 2016c)。

環境省は我が国周辺海域のモニタリングが 不足している上記現状を踏まえ、平成2 9 年度 からは取組を拡充し、東京海洋大学の観測船 を用いた従前の調査に加えて北海道大学、長 崎大学及び鹿児島大学の観測船の協力を得て、 モニタリングの範囲を広げていくことを発表 した(環境省, 2017c)。

また海上保安庁においても、平成2 9 年の春 に初めて、測量船8昭洋9を用い、試験的に ニューストンネットによるマイクロプラスチ ック採取及び海洋ごみの目視観測を実施した。 本調査においては、これまでの我が国の調査 では足りなかった太平洋側の沖合域を重点的 に実施した。観測の結果については、専門家

の協力を得ながら解析中であるため、別の機 会に報告することとするが、全観測点におい てマイクロプラスチックは発見された(写真 3,4,5,6)。

写真5 採集され、試料瓶に格納されたマイクロプラス チック。青や白の固形プラスチックが見られた。 左の茶色い物体はホンダワラの一種の一部 写真3 マイクロプラスチック採集のためのニュース

トンネット曳航の様子1

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6.終わりに

海洋ごみ問題は海岸付近に立ち寄らないと 実感が沸かない問題であるが、知らないとこ ろで危機は身近に迫っているかもしれない。 街中で宙を舞っているビニール袋や、排水溝 の近くに落ちているお惣菜のパッケージなど の一部は海に流れ出て、いずれマイクロプラ スチックとなり、人体の健康に影響を及ぼす 可能性がある。我が国からも大量のごみは流 れ出している。一人でも多くの方に、本問題 について知ってもらえれば幸いである。

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10)Van Cauwenberghe L., Janssen and C. R. (2014) Microplastics in bivalves cultured for human consumption., Environmental Pollution, 193, 65-70

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http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page 24_000425.html, Accessed 12 Sept. 2017 13)外務省(2016)2016 G7伊勢志摩サミット

G7首脳宣言(仮訳),

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summ it/ise-shima16/documents/summit.html, Accessed 12 Sept. 2017

14)外務省(2017)第7回日中高級事務レベル海洋 協議(結果)平成 29 年 6 月 30 日,

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/ press4_004784.html, Accessed 18 Sept. 2017 15)花王株式会社(2017), サステイナビリティデ

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https://www.env.go.jp/earth/report/h21-01/gaiyo.pdf, Accessed 1 Sept. 2017 18)環境省(2015)平成2 6 年度における沿岸海域に

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http://www.env.go.jp/water/marine_litter /report_h27.html, Accessed 1 Sept. 2017 20)環境省(2016b), G7富山環境大臣会合コミ

ュニケ(仮訳),

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http://www.env.go.jp/water/marine_litter/ conf/c01-07/mat18_1-1-1rev10.pdf, Accessed 18 Sept. 2017

22)環境省(2017a)平成 29 年版 環境・循環型社 会・生物多様性掑書,

http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h29 /pdf.html, Accessed 1 Sept. 2017 23)環境省(2017b)日本海沿岸地域等への廃ポリ

タンク等の漂着状況について(平成 27 年度 分), 平成 2 9 年3月 2 3 日環境省報道発表, http://www.env.go.jp/press/103844.html, Accessed 1 Sept. 2017

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http://www.env.go.jp/press/103844.html, Accessed 14 Sept. 2017

25)環境省(2017d)平成 29 年度沖合海域における 漂流・海底ごみ実態調査について~調査海域 を拡大するとともに, 大学との連携体制を拡 充~, 平成 29 年 8 月 8 日環境省報道発表, http://www.env.go.jp/press/104422.html,

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26)環境省ホームページ, 重点施策・予算情報, http://www.env.go.jp/guide/budget/, Accessed 14 Sept. 2017

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6.孫七船長を振り返る

はやいもので、明神礁で測量-.第五海洋 丸」が悲劇的最期をとげてから6 5 ⅠのⅡ月が ながれた(海上保安庁,de953)。殉職された一 人、田山利三郎博士は『南洋群島の珊瑚礁』 のほかに北西太平洋海嶺など、多くの海底地 形 ・ 地 質 の 論 文 を 書 き 残 さ れ た ( 田 山, e952a,b)。孫七-長は、この田山の業績と.第 五海洋丸」事故にことさら関心があったので 少しふれておこう(佐藤,de962;中陣,20e2, 20e4a;Nakaj《》,20e2)。

1)第五海洋の運命

第五海洋(2 0 2 トン)は昭和e 8 Ⅰ3月に下 関市の三菱造-にて完成、昭和e 8 Ⅰ6月~e 2 月、小沢-長のもとに第5艦隊に配属され、 千島守占島片岡湾を基地に海洋気象観測通報 の任務についた。昭和2 0 Ⅰ5月、特攻隊指令 艇となった。水路部所属の海洋観測-は、第 四海洋ただ1隻となった。終戦時、第五海洋 は沈没したと信じられていたが、翌 2 e Ⅰ1月 に浦賀港に捨-となっているのを発見し補修 を加え、昭和 2 3 Ⅰ5月から浜本春吉-長指揮 のもとに、日本近海の海洋観測・測量ならび に海難救助にあたっていた。

2)孫七船長と第五海洋丸

昭和2 7 Ⅰ、晴れ渡った初秋の昼下がり、孫 七-長の第四海洋丸は、北海道西方沖の測量 がおわり、津軽海峡から一路南下、久しぶり で母港へ乗組員も心浮き野島灯台をすぎ針路 を北に浦賀水道に向っていた。このとき、通 信士から一通の通信文が渡された。これが第 五海洋丸遭難に関する悲報の第一報だった。

巡視-“むろと”、“しきね”など捜索にあた ったが手がかりなく,数日後に-体の破片な どの漂流物が発見され、遭難確実と推定され るにいたった。

d 水路部は航海保全のため、その危険の程度、 範囲と正確な位置をしらべ全-舶に通報し、 その危険から守らねばならなかった。水路部 は中宮海象課長を班長とする調査団を編成し、 測量-第五海洋丸は9月 2 3 日東京港出帆し たが、翌2 4日e 2 時2 0分ころの大爆発にあい、 浜本-長ほか調査員・-員3 e 名は-とともに 殉職された。

3)明神礁の調査団

d 水路部の明神礁調査団は専門学者によって 構成され、位置をたしかめ、火山の活動にと もなう諸現象を明らかにした。中宮課長・佐 藤官は波浪、海水振動と潮流を、米沢官は海 水の化学分析、田山課長・河田博士・土屋・ 三田・日下部は島礁の正確な位置・範囲、海 底火山の性質、火山地質、海底地形変化、大 瀬官は島礁の実体写真測量をうけもった。浜 本-長はじめ長い海上経験をもつ乗組員は、 正確な-位測定をうけもっていた。第五海洋 丸の生存は期待されたが、残念な結果となっ た。

孫七-長は調査団員や乗組員の1人ひとり と深い交わりがあり、思い出はつきなかった ろう。三田亮一は、昭和2 e Ⅰ2月の同礁噴火 を研究してカルデラ式火山を推定した論文を 発表していた(三田,de947)。想うに、田山・ 河田両博士をはじめとする調査団は、日本の d 181号 伝説の「孫七船長」まつわり話《4》 ―孫七船長と東海大学海洋学部草創期―

伝説の「孫七船長」まつわり話《5》

―孫七先生と東海大学海洋学部躍動期―

元東海大学文明研究所d

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宿命的な地質構造、火山と国土の密接な関係 を考慮し、その研究によって庇護されるとい う国土愛、海底火山研究を通じて自然が与え てくれた好機を利用し勇躍調査を組織された (須田,de953)。d

d 当時、1部の人びとのあいだに“自然現象 に興味をひかれた学者の個人プレー的な考え がふくまれていたのではないか”と疑問視さ れたというが、このような流言は、第五海洋 丸の目的を理解しない人の言葉であると孫七 -長は感じていた(新野,de952;d坪井,de953)。d d 孫七-長はこれらの事実から、ふたたびこ のような惨事をくりかえさないことを学び、 この一端として、“海底火山”についての航海 者の注意事項を記録し、航海保安の役に立て ばと思い、余暇を利用して書き残した(佐藤,d e962;毎日新聞,de977)。d

4)ご遺族の質問に申しわけなさ一杯 入港後、ご遺族の方々から多くの質問をう けたが、『明神礁の現場に行けず、何んとも申 しわけありません』と御心持ち察し、只々謝 るのみで、頭の下げ通しで終わった。ある方 は、『-長が居るから、うちの人達を救い、連 れて来てくれるとそれのみ頼みにし、希って いたのに』と、絶望の涙は次第に”恨み”と も感じられるやる瀬ない心情は肉親の方々に とって無理ない。当然のことと思うも、慰め ようもなかった(河田・田山,de955~e977)。d 二隻残った一隻には全員親しい人達であり、 せめて、明神礁の現場で、僚-としてできる 限り捜索に、またせめても現場近くの海に、 供物、清水を海に、友-の霊を弔ってあげた いと本-乗組みの切ない願いでした。あのと き、もし星野官が小樽に下-せずに、そのま ま乗-していたら、上司はどのように考察し、 処置されたのであろうか。上司と地質専門家 の説にどのような拝領をされたであろうかと、 星野官の乗-で現場判断は是非仰ぎたいと強 く 考 え た ぎ り ぎ り の 心 中 で し た ( 佐 藤 ,d e99e,e994;星野,d2009)。

7.“海の仕事は野に咲く一輪の花”

―孫七語録―

その人がいるだけで席がなごんでくる、と いう人がいる。その一人が孫七-長でした。 -長室を訪ねたお客や女学生は、本郷・藤村 (ふじむら)の羊羹か、京都からの金鍔(き んつば)など、酒をのまない-長のお持てな しだった。-長は心温まる、人を和やかにす る明治の気骨を持った人だったからこそ学生 たちから敬愛され、女性職員の人気も絶大だ った。編集者のわたしも、孫七-長はまじめ で謙虚な著者でした(写真 e0)。d

d 写真9 西之島新島初上陸・調査を行う。右から 青木 斌・孫七船長・小坂丈予氏など (1974 年3月6日;青木・小坂,1974)

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孫七-長の清水在籍は e967-e986 Ⅰのわず か 20 Ⅰでしたが、-長からd“海の仕事は野 に咲く一輪の花”dといくども聞いたことがあ りました。-長の-上観測心得はいまも大切 にしている(写真 ee)。d

.-長が行くところ、行くところ、-の上 でも、陸の上でも、大学ノートとエンピツを 片時も離さず、記録される姿を見るたびに、 自然の中に我が身を置いて、人間の五感を最 大限に研ぎ澄まし観測することが、観測の原 点であると痛切に感じました」と五十嵐元調 査員は回顧している(五十嵐,de987)。d

それにつけても、孫七-長の甲板のロープ さばきは見事だった。海底に計器が着底した かどうかはガラス玉の破裂音で察知するが、 ワイヤー・ショックの感じを甲板で学生に自 ら教えられた。ワイヤーを垂直に立てた名人 芸に近い採泥法、イカ釣りなど魚とりにも特 別のセンスがあった。ヒート・フロー観測で は、e00 キロ以上の加重アンカー・ワイヤーの 括り付け方法で、重く厳重な作業でした。米 国海軍観測-のそれとは一見田舎臭い感もあ りましたが、それはデータ取得には無用のこ とで、.出来るだけ手持ちの器機を簡単に改良 し、これを巧みに使いこなす」というのが孫 七先生の口癖でした。d

孫七 - 長の 気 象予 報 の 考え 方 は、.天 体 (宇宙)の変化が、気象の変化をもたらし、 この気象変化が海況に影響を与える。この海 況が逆にまた気象にも変化を与え、この予報 実施のためには国際協力による一定期間、世 界全海洋上で気象、生物、資源を含めた強力 な海洋観測をおしすすめることだ。これによ って人類に共通な海の資源の開発とその利用 の道が開ける」と、これが孫七-長の夢でし た(根本,de963)。d

-長の海のしごとの底流に、途切れること なく流れ影響を与えつづけている何かがあり ました。その一つが.第四海洋」-長時代、 戦争で多くの僚友を失いそれが水路業務殉職 者名簿整理、慰霊碑の建設となったこと。二 つが.第五海洋丸」の明神礁事故で同僚を失 ったこと。d

同僚を失った鎮魂歌の通奏低音が.戦争」 と.海難事故」だった。そしてやがて第五海 洋丸代-として測量-.明洋」を極洋捕鯨会 社から買い入れ-長となられた。d

2 0 e 5 Ⅰ e 0 月、南鳥島南方約 5 3 0km に.孫 七平頂海山」(e 9 °4 e ′N,e 5 3 °3 0 ′E)が誕生 した。ギヨーと呼ばれる比較的なめらかな平 坦な頂をもつ海山、その成因はいまだ未解決 である(中陣,d20e4c;八島,20e6)。そこは、 さきに命名された.田山平頂海山」と隣接し ている。生涯思いつめた田山先輩に巡りあえ た孫七-長、さだめし感慨無量だろうとご憫 察したい。d

d

8.キャプテン孫七先生、葬送の日

d

孫七先生は、明治4 3(e9e0)Ⅰe 2 月5日、 山形県西田川群豊浦村(現鶴岡市)由良に、 e0 人兄弟の七男(e 0 番目)として生まれま した。d

2 0 0 5 Ⅰ夏、食細く飲込むような仕草で、 胃がん様態で一切、痛い・かゆいの言無し、 入院前は自宅でヘルパーさんの支援で寝起 き、e 2 月に由良診療所から胃がんを告知さ d 写真 11 岩淵義郎水路部長(中央)・孫七船長と筆者(左)

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れた。d

翌Ⅰ1月上旬、荘内(庄内)病院、約3週 間入院。介護食がメイン、好物の甘いものは あまり摂取なし。入院時、宮崎芳夫(元東水 大)、奥山春二(元水産大)、佐藤数夫(元海 上保安庁)ら訪問、会話も可能だった。最期 約e 0 日間は佐藤久(孫七先生ご長男)さん、 弟さんが病室に寝泊まりされたが、1月23 日 早朝、日本海からの凍てつく寒い由良の病院 で永眠、臨終まで三・四日と医師に告げられ てe 0 日間.舌を巻くほどの明治生れの体力は 研究に値」と医師から伝えられた。d

告別式は、2 8 日午前 e e 時からアク・サン 鶴岡で、海上保安庁、水産庁、東水大、東海 大、短期大、親戚など会葬者 e 6 0 人余り、香 典・弔電など約 5 0 0 件、配布の略歴に.終身 修学の海」、法名は.勲光院孫翁海鑑居士」、 生誕地の鶴岡市由良.白龍山d 海蔵寺」に、墓 碑は、日本海を望む小高い墓地にある。 d

謝d 辞d

本稿執筆にあたり、大庭幸弘・岩根信也さん (海洋情報部.海の相談室」)、佐藤孫七先生の -籍資料のご提供と貴重なご意見・ご指摘をい ただいた、佐藤d 武、佐藤義夫、佐藤治夫、五 十嵐正晃、佐藤d 久、増田るいこ、東海大学海 洋学部のみなさん、海洋学部-舶管理室にも紙 面をかりてお礼申し上げます。d

(20e7 Ⅰ8月 20 日了)d d

d

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8)小坂丈予(e99e):『日本近海における海底火

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9)佐藤孫七(e962):水路部の観測-.d 中野猿

人編.日本海洋学会 20

Ⅰの歩み」,dpp.e35-e36,d日本海洋学会d

e0)佐藤孫七(e969):.海底地震計d引上げ作業」

(マニュアル).d6p.d

ee)佐藤孫七(e97e):-と観測に賭けた半世紀.d

土木学会誌,d56(6),dpp.69汭72汮d

e2)佐藤孫七(e977):火山列島(硫黄列島)に関

す る 歴 史 的 知 見 .d 東 海 大 学 紀 要 海 洋 学 部 ,d

No.e0,dpp.e93-2e2.d

e3)佐藤孫七(e982):第 28 あけぼの丸d 黒田修

史航海士の生存記録汭厳寒の北洋から奇跡的

生還.d .海と安全」,de982-5,d pp.e2汭20.d

e4)佐藤孫七(e99e):水路部時代の星野海上保安

官を回顧.d星野『玄武岩時代』

(月報),dpp.7-9,d東海大学出版会d

e5)佐藤孫七(e994):星野先生を回顧して.d星野

教授退任記念行事委員会編d『おどみゃ親分』,d

pp.e8-2e.d

e6)佐藤孫七・佐藤d 久(e972):海底火山と航舶.d

星野・青木編『伊豆半島』,dpp.34e-365,d東

海大学出版会d

e7)水路部(e949):.日本近海の底質分布図」,d海

上保安庁水路部d

e8)須田皖次(e953):第五海洋丸の遭難に因みて汮

科学,d 23(3),d e24p.,d 岩波書店d

e9)田山利三郎(e949):日本近海底質分布図につ

いて.d水路要報,e5,pp.d22e-235汮d

20)田山利三郎(e952a):『南洋群島の珊瑚礁』,

水路部報告,ee,292dp.d

2e)田山利三郎(e952b):日本近海深浅図につい

(21)

- 21 -

22)坪井忠二編(e953):第五海洋丸の遭難沃,d沄汮

科学,d23(5),dpp.248-254;d23(6),dpp.309-3ee,d岩波書店d

23).東海大学海洋学部十Ⅰ史」編さん委員会編

(e972):『東海大学海洋学部十Ⅰの歩み』,d

e3+288p.,d東海大学海洋学部d

24).東海大学海洋学部二十Ⅰ史」編集委員会編

( e982 ):『 東 海 大 学 海 洋 学 部 二 十 Ⅰ 史 』 ,d

20+393p.,d東海大学海洋学部d

25)東海大学編纂編集委員会(e982):『大いなる

遺産を―東海大学建学四十周Ⅰ記念写真集』,d

e24p.,d東海大学出版会d

26)Nagasaka,dK.,dM.Yasu《,dT.H《l沏沐,dJ.Wag沐ma》d

a》沏d T.Nakaj《》d (e970):d Th沐d Pr沐l《m《》aryd

H沐atdFlowdSurv沐yd《》dth沐dS沐adW沐stdofdth沐d

Bo》《》d Isla》沏s.d I》d Pr沐pr《》td ofd Oc沐a》-graph《cdSoc《沐tydofdJapa》,dp.26.d

27)中陣隆夫(e970):.駿河湾における地殻熱流

量測定」汮東海大学海洋学部卒業論文,d 60p汮d

28)中陣隆夫(2007):『地球の体温をはかる』,d

226p.,d 丸源書店d

29)中陣隆夫(20e2):.大洋底拡大説」の前夜:

R.dS.dディーツ.日本近海深浅図」と天皇海

山列汮機関誌.水路」,de62,dpp.de7-22.ddd

30 ) Nakaj《》,d Takao ( 20e2 ): Th沐d Emp沐rord

S沐amou》tsd 《》d Japa》沐s沐d Bathym沐tr《cd Chartd

690e.dI》:E沏s.dKato,d沐tdal.,dV《sualdImag沐sd a》沏dG沐olog《caldCo》c沐pts,dJAHIGEO,dTokyo,d pp.de2e-e24汮d

3e)中陣隆夫(20e4a):S.F.ベアード号の太平洋

横断探検航海(e953)汮機関誌d.水路」,de69,d

pp.de4-25.ddd

32)中陣隆夫(20e4b):.田山利三郎業績目録」(私

家版),6p汮d

33)中陣隆夫(20e4c):ギヨー(平頂海山)の成

因論.d 構造コロキウム・アブストラクト集,d

No.46,dpp.d90-e2.d

34)中陣隆夫(20e5a):田山利三郎博士の海底地

形 ・ 地 質 学 研 究 の 業 績 汮. 地 図 」 ,d 53(2),d

pp.e2-29,d日本地図学会d

35)中陣隆夫(20e5b):水路部測量課長d田山利三

郎博士の足跡.d機関誌d.水路」,de74,dpp.de0-23.d

36)中陣隆夫(20e7):エルニーニョ現象の真実d

‐海は世界の気候を支配する‐.d Proc沐沐沏《》gd

ofd32thdI》t沐r》.dSympos《umdo》dOkhotskdS沐ad

&dPolardOc沐a》sd20e7,dpp.8-ee.d

37)中陣隆夫・安間恵(e972):駿河湾における海

底地殻熱流量測定.d星野通平・青木斌編『伊

豆半島』,dpp.287-300,d東海大学出版会d

38)南雲昭三郎(e970):海底地震計の繋留.dうみ,d

8,dpp.ee6-ee8,d日仏海洋学会d

39)新野d 弘(e952):明神礁の問題点汮科学朝日,

e2 月号,pp.2e-23,朝日新聞社d

40)根本順吉(e963):海に生きる実学者—.明洋」

-長d 佐藤孫七.d根本編著『日本の観測者』,d

pp.99-ee5,d 恒星社厚生閣d

4e)日高孝次(e968):国際協力海洋調査.d 日高

『海洋学との四十Ⅰ』,d pp.e29-e43,d 日本

放送出版協会d

42)星野通平(2009):佐藤孫七-長.d『山の緑と

青い海』,dpp.52-53,d 興亜開発株式会社d

43)本田節子(e993):『キャプテン孫七航海記』,d

26ep.,d 東海大学出版会d

44)毎日新聞(e977):.明神礁爆発で」くつがえ

す―.4 キロ西の高根礁」;海保元部長(塚本

裕四郎)の遺稿,9 月 22 日夕刊,毎日新聞社d

45)松前重義(e963):『現代文明論』,d267p.,d東

海大学出版会d

46)松前重義(e987):『わが昭和史』,d308p.,d 朝

日新聞社d

47)松前重義(200e):『松前重義手稿影印集』,d

e49p.,d 東海大学出版会d

48)松前達郎(e993):序文-.キャプテン孫七航

海記」.d本田節子『キャプテン孫七航海記』,d

pp.ⅲ-v,d 東海大学出版会d

49)三田亮一(e947):ベヨネーズ列岩附近の海底

火山活動(新島出現)について.d水路要報,de2,d

pp.57-62.d

50)八島邦夫(20e6):伝説の.孫七-長」まつわ

り話泜e泝.d機関誌.水路」,e79,dpp.9-e7.d

d

(takao-》akaj《》@tb沐.t-com.》沐.jp)d

(22)

- 22 -

d

1)航海工学科の記録d

2)東海大学海外研修航海の記録d

d 3)海洋学部学生実習航海などの記録d (1)1・2Ⅰ生海洋実習d

d

(2)海洋学部3・4Ⅰ生海洋実習d 付表 ed 孫七-長の東海大学での-籍(1)d

(教育面;東海大学海洋学部Ⅰ史,e972,e982)

孫七船長(1910-2006) 昭和42Ⅰe2月3日 東海大学海洋学部助教授(新任)

(東海大学丸二世-長) 56Ⅱ

昭和49Ⅰ4月1日 東海大学海洋学部航海工学科教授

昭和50Ⅰ3月3e日 東海大学丸二世-長(解任) 64Ⅱ

昭和54Ⅰ3月3e日 海洋学部航海工学科教授定Ⅰ退職 68Ⅱ

昭和54Ⅰ4月1日 海洋学部航海工学科教授(委嘱)

昭和6eⅠ3月3e日 海洋学部航海工学科教授(委嘱)退任 75Ⅱ

この間、東海大学丸二世では、乗-実習 を担当。航海工学科では、海洋観測法、 航海気象学を担当。

平成e8Ⅰe月23日 永眠 95Ⅱ

第1回海外研修航海 昭和43Ⅰ2月27日~4月e2日 那覇・台湾・香港・タイ・フィリピン・小笠原

第2回海外研修航海 昭和44Ⅰ2月23日~4月9日 小笠原・パラオ・マカッサル・バリ島・ジャカルタ

・シンガポール・香港・台湾・沖縄

第3回海外研修航海 昭和45Ⅰ2月23日~3月26日 サイパン・ロタ・グアム・ヤップ・パラオ・沖縄

第4回海外研修航海

(創立30周Ⅰ記念) 昭和47Ⅰ2月27日~4月e4日

サイパン・トラック・ポナペ・ハワイ諸島 (望星丸と共に歴訪した)

 ※第5回海外研修航海以降は、望星丸で実施することになった。

昭和43Ⅰ 7月e3日~7月29日 湘南校舎

昭和43Ⅰ 8月e5日~9月8日 札幌校舎

昭和44Ⅰ 7月20日~9月e2日 湘南校舎・札幌校舎

昭和45Ⅰ 7月e3日~9月8日 湘南校舎・札幌校舎

昭和46Ⅰ 7月26日~8月3e日 湘南校舎

昭和47Ⅰ 5月1日~5月20日

7月ee日~7月20日

昭和48Ⅰ 4月23日~5月30日

8月3e日~9月24日 札幌校舎

昭和49Ⅰ 4月30日~5月e8日

5月3e日~6月8日 7月22日~8月1日

昭和43Ⅰ ee月e9日~e2月7日

昭和44Ⅰ ee月22日~e2月e3日

昭和45Ⅰ 9月22日~e0月9日

ee月24日~e2月e0日

昭和46Ⅰ e0月8日~e0月2e日

昭和47Ⅰ 2月6日~2月ee日

5月24日~6月2e日 e0月e4日~ee月e3日

昭和48Ⅰ 2月27日~3月e0日

6月2日~7月e3日 8月2日~8月8日 e2月e7日~e2月2e日

昭和49Ⅰ 4月22日~4月28日

参照

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